二〇〇一年 平成十三年三月発行
二〇〇〇年 平成十二年度 第二五回会報より 玉野叔弘

土佐錦魚 丸鉢 思考 六

 丸鉢思考もやっと六になり終盤にさしかかってきました。始まりは地球のマグマも湯呑み茶椀のお茶も、同じような動きをしているからでした。昔、年寄りがご飯を食べ終わるとご飯茶碗へお茶を注いで、まるで濯ぐように、湯飲みを持って来るのが面倒なようにお茶を飲んでいるのを、見たことがあります。冬のある日お茶をすすりながらふと、この光景を思い出しました。そう言えばご飯茶碗は丸鉢に似ている。
 そこでやってみました。すぐやって見るところが錦魚飼いたる所以でしょ。やって見ると以外と難しい。湯飲みとご飯茶碗を並べてお茶を注ぐ、細かい茶葉は動くが、理論通りにはいかない。湯飲みに至っては偶然的な感じさえ受ける。数回の失敗の後、ご飯茶碗に熱湯を入れてから、動きの良さそうな細かい紅茶の葉を選んでパラパラっと蒔いてみる。
 果たせるかな動き出した。初め浮いていた葉が沈み出すと数個が回り出した。ゆったりと縁を下りて行くと中央でスーッと上がってくる。冷えの対流だ。もし、茶碗を暖めれば逆の回転をするはずだ。束の間、やがて葉は中央に溜まってしまった。絵に描いたようだった。まるそこに魚がいて、前を使っているような幻想を懐いてしまった。湯飲みでは見られなかった現象をご飯茶碗で見られたことは、その型がとりもなおさず、対流を作りやすい型であることを示している。
 丸鉢思考の目的の一つは、読み終わった方がそれぞれに、それぞれの環境に合わせた自分の丸鉢を設計製作したり、市販の丸鉢を躊躇せずに選べたり、丸鉢として使うに持ってこいの植木鉢等を、見いだすことができるように役立つことです。そのために丸鉢の要素の一つ一つを、対流を命題にしながら突き詰めて行きます。
 丸鉢の要素
対  流=形全体、強弱、方向=丸鉢の真価
陽 受 け=側面の角度と形  =陽の強弱、土佐錦を作る
日  影=側面と外部    =陽の過不足、魚の留め
上経底径=大小と円周弧   =鉢の目的
側  面=角度と形     =鉢の性質
深  さ=陽量、水量    =沸き、焼け、冷えの調節 
色   =反射と吸収    =保護色、魚自体の反射吸収
風 通 し=風の役、妨害しない=気水交換促進、風力対流
気水交換=表面積と底面積の比=対流のもう一つの役目
保  温=側面と底面    =過度を抑えて、土や自然へ

 さて、二十回会報の丸鉢思考三で出てきた鉢をとりあげながら、丸鉢という観点から改めて紹介します。
 丸鉢の代用(土佐錦作りを明確な目的としていない)
  角鉢
 タタキからプラ舟まで様々ですが、特に小さめのものでは反丸鉢的要因が働き、産卵後一、二ヶ月目の選別の頃には既に悪影響が現れます。
  タライ(丸鉢の代用)
 角鉢を気休めで丸くしたようなもの、と言うとタライに怒られてしまいますが、土佐錦用としては親向き。当歳は初期まで、土佐錦らしさを育てるには困難を伴います。
  植木鉢 半球型を含める(丸鉢の代用)
 多種多様でレンガ色の素焼きや、焼き締めで底に穴の空いたもの、陶器のスイレン鉢、浅めの半球型、深めの半球型、水盤かお皿をイメージさせる浅いもの、大小様々一長一短にせよ、中には使えそうな物や、少し手を加えれば良さそうな物もあります。正直言って丸鉢作りは大変な面もあるので、絶好の物があればそれにこしたことはありません。ただ、未だにそのままで使える型は見つかっていません。もし見つかりましたら知らせて下さい。使えそうなら試してみます。
 半球型は、土佐錦用として市販されているものもありますが、同様な植木鉢で安価な物があり、植木鉢より丈夫な程度で区別する程のことはありません。また土佐錦作りにはタライより良い所をもっていますが、かなりの難しさを残していますので、植木鉢に分類しました。
  洗面器型
 植木鉢と、理念に基づいた土佐錦用丸鉢の中間に位置します。かつて丸鉢の型を模索していた頃に、便利に造られましたが、使いこなすにつれて次第に不満が出てきたせいか、姿を消してしまいました。
  丸鉢(当歳の土佐錦作りを明確に目的としている)
 紹介を始める前に丸鉢の基準をシッカリ抑えておきましょう。擂り鉢型は丸鉢の原点、かつ現役にして名器です。
 上面の径60cm、底面の径20cm、深さ20cm、側面傾斜45°です。単純にして明解、大きさ、深さ、水量、陽受け、対流、気水交換どれをとっても基準です。
 その上に本物の擂り鉢を重ねて想像してみて下さい。本物には側面に僅かの弧があり、底面が中央に行くにしたがい丸みをもち、滑らかにできています。
 この擂り鉢が無かったら土佐錦は完成されませんでした。
 基本型の直線的で無駄がない効率の良さは、高知では目が離せないところです。しかし、以北、以東では求められるところです。
 この丸鉢が無かったら土佐錦魚は完成されませんでした。
  この時の型60cm
 とにかく造ってみた丸鉢が最初にしては、以外と良い結果を出してくれたのですが、上径60cm、底径30cm深さ15cmは、東京でも沸きを経験させてくれました。15cmと浅くしてみても、逆し向く魚が減った訳でもないので、ひっくり返る魚をつくるのは主に育て方だな、と思う切っ掛けにもなりました。
 側面45°で今までの鉢の中では陽受けが良く、良くと言うか標準に達して、水深15cmでは上面水温が44℃を超えて底面43℃を経験しました。魚が茹だってしまいました。手を入れたら熱いお風呂に感じました。魚には申し訳ないのですがこの時、魚は何℃まで命を維持できるか、どう変化するかを観察させてもらいました。
 その後高知のように板で日影を作り、事なきを得ました。やっぱり日除けは必要なんだなとその時は思ったのですが、一週間もたつと、今までシワの無かった魚のほとんどに、シワができ始めました。でも日陰のせいとは気付かず、未熟にも、血統だろうとハネてしまいました。結局、この鉢からはシワが出来ずに残った魚を、その年の品評会へ出したのですが、その魚は私が作ったのではなく、魚が持っていた強運に助けられていただけでした。
  その時の型大 70cm
 単に大きいのも試してみようと、その時一緒に造った上径70cmで底径30cm、深さ20cm、傾斜はやはり45°でした。こちらは60cmの隣にあっても沸きませんでした。深さと水量が抑えてくれたと思われます。魚の生活には総てが良かったようです。60cmに比べると水温の変化に激しさが無く、水深水量が水質の急変も穏やかにしたようです。日除けも少なかったのでシワでハネる率がずいぶん少なく、病気の率も減り、餌食いも良好で大きく成長してくれました。
 良いこと尽く目のようですが、この鉢からはこれなら大関争いが出来ると思うような魚が、なかなか出ませんでした。冴えと言うか、締まりと言うか、そこそこ上位に昇るのですが。率としてはシワでハネたり、病気で死んだりすることが少ないので、良いはずなのに。
 60cmの方は残った魚で良魚が出ている。そこで秋にシワのないそこそこの魚を、60cmへ移してみました。経過を見ているとこれが出来上がる。仕上がるとはこのことか。70cmのとは明らかに違ってきました。七十の方は秋になっても六十より泳いでいました。そして二歳になってからの方が良くなりました。
 だったら、日除けで泳ぎを止めたら良いかもしれない。板幅を大きくすると良くなったのですが、シワが増えました。
この経験から、泳ぎの関係、影とシワの関係を毎年の課題として行くはめになりました。
  仕上げ鉢
 仕上げの名のいわれは宮地翁が晩年、体力の低下で錦魚の世話が思うように出来なくなると、魚を停める時期から、小さめの鉢で飼っていました。あちこちから集めた少数の魚をそこで見事に仕上げてしまうので、一尺五寸の擂り鉢でしたが、小さめの鉢をそう呼ぶようになりました。
 小さければ何でも良いと言う訳ではありません。三年前に45cmのお椀型より半球型に近い鉢で当歳の初期から飼ってみました。狭いので多少泳ぎづらそうですが、なんとか夏の終わり頃まで保ち堪えました。普通の丸鉢と比べて不満はあるものの、このぐらいで納まるならばと思う程度。ところが、秋には仕上がって良くなるはずが、崩れてしまいました。原因は斜面の弧が大き過ぎたことです。
 昨年は上面47cm、底面13cm、傾斜45°FRP製朝顔型丸鉢を試す機会がありました。
 一目見た時から夏には沸きそうだなと感じましたが、案の定、他の丸鉢は絶好調なのにいちはやく弊害が出てしまいました。そこで鉢の上縁に2cmの立ち上がりを付け、水深を深くして、その立ち上がりで僅かばかりの影を付けました。もちろん保温はしてあります。保温していなかったら、とっくに魚は煮えていたでしょう。温度上下も対流も厳しく、陽も浴び過ぎです。
 秋になって本領を発揮するかと期待しましたが、半数が尾を傷めてしまいました。散々でした。一年だけで結論は出ませんが、陽当たりの良い所ではかなり難しい鉢になりそうです。
 すると仕上げ鉢に良い鉢は? その前に仕上げ鉢を使う前提は、仕上げる時だけに有効であれば良いと言うことです。FRP製朝顔型丸鉢47cmも夏場に使う必要はなかったので、結果はどうでも良かったと言われてもしかたありません。FRP製朝顔型丸鉢47cmを夏の終わりから秋だけに使えば、そして、温度と水質の急変をもう少し工夫すればかなり使えるはずです。
 前期の45cm半球タイプは仕上げ鉢としてはまったく使えません。
 さて、良い仕上げ鉢は。正直言って、単独に使用したことはありません。立ち弧付き擂り鉢型が仕上げをしてくれていますので。また別に必要な時には浅瀬型の水位を落として用いています。これは基本型の縮小になっています。上面45cm、底面15cm、深さ15cm、傾斜45°です。浅瀬まで保温してあること、浅瀬部が少し影を造ってくれることが幸いしているようです。
 独立した鉢として造るとしたら、基本型の側面に僅かの弧を付けて、上縁に3cmの波返しの代わりの立ち上がりを付ける。底は平らでなく、中央に向けて穏やかに傾斜を付けます。私が仕上げ鉢を必要とした時には、この型を造るつもりです。
  擂り鉢型深鉢
 近森さんが実験的に造った鉢です。上面60cm底面30cmまでは、高知で多く使われている朝顔型(擂り鉢型)と同じですが、深さが30cmあります。意図は沸きを抑えることが主と聞きました。野中進さんがお椀型を造った動機と同じです。
 魚は住み心地が良くなり以前より大きくなりました。でも深さ20cmの鉢より、目先が太くなった印象を受けました。それと魚が詰まり気味で、餌の食いが良いのか全体に肉付きが良くなっています。どことなく尾の張りが弱めに感じました。水量、日受け、対流、温度変化、どれもが緩和されて、魚に過酷から生まれる精彩を欠いてしまったようです。
 深さ30cmになると、意外なところにも障害が出てきます。水が少し濁ると魚や餌が見づらくなることです。常に魚の状態を観察し、糸目が弱っていないか、余っていないか見る必要があります。この鉢からはさしも良魚が出ませんでしたので、深過ぎたようです。
 近森さんの実験的挑戦によって、教えて頂きました。深さは深くても25cm止まり、浅くても15cm止まり、やはり20cmが基準なのかと実感を深めました。
  朝顔型(擂り鉢型)
 高知で四十年程より以前に使われ、現在も擂り鉢型の主流になっています。基本型の底径20cmより10cm長く、水量を増やし、日受け、対流も抑えています。これも高知ならでしょう。これでも沸いてしまうことがままあるのですから、日除け板を使わざるを得ないのかも知れません。使っても東京より弊害の現れることが少ないのも、陽の強さによるものでしょう。陽の強さは東京からすると羨ましい限りです。いずれにしても銘魚が作られています。
 東京で同じ飼い方をしても同じ魚が出来ないことは、想像がつくと思います。高知で底径を20cmにすると、ご隠居さんしか飼えない鉢になりそうですが、手をかけられれば宮地さんのように、目を見張る魚が出来るはずです。東京で底径30cmで飼うと、秋に苦労が増えます。
 朝顔型と言う名称は擂り鉢型の俗称ですが、いい名ですね。また高知の方のセンスに感心します。最初は東京の者に説明しやすいようにと気を使って頂いたのか、正式名の擂り鉢型と伺いました。言葉の端々に朝顔とでてくるので、そうだなと思っていました。ですが、朝顔の花から来る印象は、もう少し先蕾みで、陽受け角度が開いている気がします。そんなことからでしょうか、昔は標準型を朝顔と呼んでいたのではと考えます。その呼び方が底径30cmにも引き継がれているのではと感じます。わたしは、底径が小さく側面の角度が45°から開き気味の鉢を、つい、朝顔型と呼んでしまいます。前記47cmは本当に朝顔型のイメージでした。
  弧付き朝顔型(R擂り鉢型)
 現在高知でモルタル製とFRP製の両方が市販されています。私は実際に試用実験していませんので、言及できませんが、見た印象では形がけなら、けっこう使えそうな感じを受けました。本物の擂り鉢は僅かに弧があります。宣伝するつもりはありませんが、通信販売もしているそうなので、実験した人がいましたら、結果を教えて下さい。
  野中進氏製作お椀型
 三二年前に造られました.前号に書きましたように、沸き防止の工夫が意図です。浅いお椀をイメージする程の弧がついてます。沸きを抑えるには十分ですが、一歩間違えると影が出来過ぎる懸念があります。それを深さ17cmで緩和しているのでしょうか。17七cmでは浅過ぎたので日除け板の使用に至っていたのでしょうか。つべこべ言わせない銘魚をこの鉢から作出されていました。そして、鉢にも野中型と名を残しました。
 しかし、野中進氏と高知あってのこの鉢ありきか。東京にそのまま持ち込んでも、東京の秋には厳しいものがあります。同型と思われるモルタル製のはちが市販されています。通信販売もしていますので入手でき、試すことも可能です。
  浅瀬型
 ここで紹介するのは蓬田氏考案製作の上経67cmのではなく、その型から七年後に種々の経路を踏まえて私が製作し、去年まで十二鉢使用しているFRP製のものに限らせて頂きます。理由は、浅瀬型三型中二つの上経67cmは泳ぎ過ぎで、浅瀬が狭すぎた60cmは泳ぎが少なく、現在使われていないからです。
 浅瀬型は、川等の浅いところで稚魚が群れて泳ぐ性質を利用し、泳ぎをより良くしようとしたものです。日受けは最高です。高知では沸き立って使い物にならないでしょうが、東京では手のかかるじゃじゃ馬ぶりを発揮しています。初期の泳ぎはすこぶる良いのですが、夏には浅瀬が熱過ぎてジグザグ泳ぎも消極的、一日の高低温度差も一段上です。
 私のこの頃の使用パターンとしては、稚魚の一度目の選別が済むと浅瀬型に入れて、一頻り泳がすと立ち小擂り鉢に移します。早く生まれた順にして行き、五月末か六月産まれはそのまま飼います。産まれの遅い魚は浅瀬型の速い仕上げの鉢で、大会に間にあわすことが出来ます。無理に大きくしなくても、小さいながらきまった魚に仕上がります。
 条件のハッキリした鉢はメリハリもハッキリして面白味があります。秋に水位を落として仕上げ鉢にすることもできます。晩春から初夏に浅瀬で、秋には仕上げ鉢で理想の鉢のはずでした。問題は真夏です。本領を発揮したのは冷夏の時でした。その年、総体的に冴えない中、この鉢からは目ざとい大関が誕生したのです。
 真夏は水の出来が速いので、日除けで調節したら行けるのではないでしょうか。冷夏と同じような効果をつくることができたら、上手く行けば、秋に水位を落とす時期も遅らすことが出来て、過度の冷え込みからも守ることが出来ます。特に陽当たりの悪い飼育環境の人には、工夫次第で使える鉢になるのではないでしょうか。
  立ち上がり付き弧付き擂り鉢型
 朝顔みたいに情緒ある名前が見つからないので、取りあえず長ったらしい名をつけ、略して立ち弧にしました。現在三八鉢使用していますが、我池の主軸として安定的に良魚を作出してくれます。この鉢の個性は影を調整していることです。
 幻の鉢の影、日時計のように回る影を装備しています。影用の立ち上がりが弧を兼ねているので沸きを抑えます。影があるので日受けを調節するための弧は最小限度です。高知でもそうですがそれより陽の少ない地では、必要以上の弧は問題を大きくしています。高知より日の少ないところでは、陽をどれだけ確保するかにかかっているからです。陽によって尾が広がり、色が上がり、体がしまり土佐錦になるからです。
 影は焼けから守り安らぎ留めます。光と影がつくる対流は前を作り、体を作ります。このバランスを立ち上がりに求めてみました。必要最小限度の弧は?
(図が無いと煩雑なので見ながら読んでください)
半球の弧
 45°の直線に弧を付けて、直線上に階段状の水平と垂直の線を描きます。すると下部から中央部までは直角より弧の方が広い角度になります。これによって鉢の下部では円周の弧も助長して、尾を傷めづらく、魚も落ち着き、餌も止まり、陽受けも良くなります。一方中央から上部は直角より狭くなり、段々壁のように立って行きます。これは、擂り鉢の水際が尖っていて、波打ち際みたいに魚が近づけない無駄や、行こうとしても尾や腹を擦ってしまうのを無くします。その上、風で飛ばされたり、幾らかの蒸発を緩和ます。その上端を立ち上げて行くと、波返しのようにもなり、地震の時に役に立ちます。
影の度合い更に立ち上げる浅瀬とは逆方向の、立ち上がり付きになります。浅瀬のように暖まりが早くありませんが、壁が泳ぎやすさを作って、安定した円周泳ぎを招きます。また、ゆっくりとした水温上昇は、適度な上下差をつくり、気持ちの良い時は円周泳ぎ、上面が熱くなると下に向かい、ちょっと涼むと上が恋しくなってジグザグ泳ぎ、浅瀬泳ぎに代わってこの二つの泳ぎが促進されています。浅瀬は泳ぎを十二分にさせるため、立ち弧は泳ぎを十分確保しようとしたものです。
 弧の役目を改めて抜粋しなくてもお解りいただけたと思います。
今度は影の具合を図にしましたので見て下さい。
 45°の直線が基本の側面です。まず影はないと言ってもいいと思われます。十一月から三月の冬場は問題から外せますので、そこで全部の図に目安として、45°の線を入れましたので比較して下さい。

影の度合い

 図に影の質を書き添えてあります。影の質を濃い影、薄い影と表現しました。濃い薄いの表現は追究すると長くなりますので、別の機会に致します。別々の作用があることに気をとめて観察してみて下さい。夏至と冬至では45°以上も太陽の傾きが違ってしまいます。いずれも太陽の一番高い時ですが、冬至の影を朝夕の影と置き換えてしまうと一日の影も想定しやすくなります。冬至の時より秋分前後の方が、問題が多くありますので注目して下さい。秋分春分の時は同じ影が出来ます。違うのは温度差です。
 影の多い鉢で飼うとシーズン中シワに悩まされますが、適度の影か少し多めの鉢で飼うと、夏までにシワをハネてしまえば、一時期あまり現れないで推移します。ですが、品評会近くになるとせっかくの魚にシワ、タルミができて台無しになり、がっかりした経験があると思います。そして品評会が終わりしばらくすると、変化しなくなる。それは水温が下がってくると、影の作用が力を増し、下がりきると作用が低下するからです。影は温度と量と濃さが相乗してシワに作用します。
 そこにこの立ち弧付きの欠点がありました。影の要らない時にも影を作ってしまう。陽が少なくなった時にも作ってしまう。温度が下がってきた時にも作ってしまう。後は文句ないのだが。
 ここで鉢を紹介しながらの対流、陽受け、日陰から上底面の径に移ります。上面の径は70cmだったり60、45と出てきましたが、その径によって泳がせる鉢か、留める鉢かを決めてしまいます。立ち弧の53cmは標準より小さめ、泳がしは小さい、時に応じて餌や水替えで補えば、仕上げの方は上手くやってくれます。この7cmの違いでも、鉢の性質がハッキリでます。上経は泳がしの径です。
 そして底径は留めの径です。その径によってどこまで留めるかを左右します。留めを良くしようと思えば15cmから20cm、少し緩めようと思えば20cmから30cm。
 深さは陽の透過、水温の上低差。
 そして上底径と深さで、側面の角度が決まります。側面の角度、弧の付け方の有り様で日陰、日受け、対流と鉢の性質を決定してしまいます。そして総合的に相まって陽量、水量を定め、収容尾数、魚の長短まで影響します。
  丸鉢の色
 丸鉢の明るい暗いの色は、魚の保護色に影響して魚自体の色を左右します。思うより直接的に働き、案外と重要な要素です。暗い鉢は、陽をより吸収して温度の作用も高めます。また反射が少なく魚に安心感を与えます。明るい鉢は感覚的ですが光を反射して、陽は上から来ると言う前提がくるいます。鉢全体もしくは底に近い部分が明るいと、反射した光は底の方からも照らしたようになり、不自然になります。
 魚の背中が黒っぽいのは上から見た時、底の黒っぽい色に合わせて目立たないようにするため。お腹の方が白っぽいのは下から見上げた時に、明るい水面に同化して目立たないようにするためです。不自然な光であったり、ガラス水槽やよくあるプラスチックのタライは、横からも光を通すので目が出てきたり、体に精悍さが欠けたりします。
 鉢や苔の色が黒っぽいと、魚の色がかなり濃くなり、魚自体が光を吸収し過ぎ、光の作用を強く受けて、温度の上がり過ぎがその作用を手伝い、魚が萎縮したり、あまり良い結果になりまません。
 程々が良い訳ですが、どのくらいの色が基準になるのでしょうか。自然界では土の色、石の色、苔の色とありますが、土の色の茶色は色相の中間色。石の色のモルタルの濃い目の灰色は明度の中間色。それを色相の中間色の苔が覆っています。いずれも苔が付いて、その苔の色が鉢の色となり、その苔の色を、鉢の色や型や表面の形状が作って行きます。
 高知の方々の丸鉢も苔で覆われていました。苔を調節することで、夏は毎日清潔にすることで、茂った苔を古い苔と新しい苔が半々になるよう保ちます。古い苔は暗くなり、新しい苔は明るくなります。半々に保つことで苔の作用が良くなり、色も中間色の少し暗めに維持されます。白っぽい鉢には明るい苔、黒っぽい鉢には暗い苔に段々なります。それを苔の手入れによって必要な色や作用まで持って行きます。
 中間色が標準ですが、その中でも当歳は少し明るめ、二歳以上は少し暗めが良いように思え、私は丸鉢自体を明るめの色に造り、明るめの苔が着いて、丁度の中間色になるよう調節しています。苔の洗い方も角鉢より丸鉢の方が明るめになるよう心がけています。モルタルの鉢も粗めの砂、明る目の砂が手に入るといいですね。
 FRPで内表面を透明で仕上げてあるものは、光を僅かですが回してしまいますので避けるようです。もし気が付かずに購入した場合には、四〇番ぐらいの布ヤスリで表面を荒げて、早く苔が着くよう一手加えます。
 また、市販されている多くのFRP鉢は、表面が硬くつるつるの状態の鉢がほとんどです。これは表面を丈夫にしたり、艶やかで綺麗に見せたりするためですが、苔を着ける上ではかえって邪魔になるので、見た目より魚のための実質をとりたいものです。これを荒らすことは息を切らす作業になりますが、魚のために是非行って下さい。
 FRP鉢の表面は、モルタルのようにザラつきがある方が、苔の付きが良好です。質としては現在モルタルが一番でその他はモルタル製の代用と言えるでしょう。モルタルは苔が深く根付き、また質の良い苔の着く率が高くなっています。FRPは生産時、加工が可能なので編み目、粗目、私はランダムなグラスウール模様が好きで、凸凹が大きくつき、苔の毛足が長くなり、苔の量も増えるので楽しんでいます。そう言えば、本物の擂り鉢には擂り目模様が付いていました。
  風通し
 風通しは気水交換。気は空気の気、水はこの場合溜め水や飼育水です。水と空気とガス、その他イオンに至る種々の水と空気の交換は、魚の調子や健康を左右します。そして、それを風が行い、湿度や気圧が関わっています。気水交換の追究は別の機会に述べさせて頂きます。丸鉢の水位を水替え時は上限いっぱいに張るようにして、風通しを少しでも妨げないように注意を払って下さい。
 風はもう一つ、強い対流として縦の流れを起こします。ときに温度による対流より強く、上面から下へ、底から上への風向きによる一方向流れは、水全体を撹拌して、空気中から酸素等をくまなく補給し、要らないものを空気中へ逃がす役目をしています。丸鉢はこの流れも助長しています。
 温度も暑い水面温度を底で冷やし、再び上面へ運び、上面からは、風によって余分な熱を奪い取らせることをします。その時の水蒸気とともに、老廃物的ガスも空気中へ放出します。魚がすこぶる調子の良いときは適度な風があり、湿度が低く、上空の風が下りてくる、高気圧のときが多いのはこのためです。
 風は泳ぎを起こさせます。風による流れは温度の対流より強いため、より前を使わせます。いつも強い泳ぎをしていると、親骨を使う泳ぎをして、肩が潰れ、尾が流れ傾向になりますが、たまに強い泳ぎをして親骨を作り、いつもは温度の対流で泳がずに泳ぐ事が反転の泳ぎ、前を使う事をさせ尾を作ります。
 また横の流れで水を回します。魚の泳ぎから留めまでを、陽射し以上に行うことがあります。そして灼熱も癒してくれます。鉢の設計上の風通しは、水をギリギリまで満たす前提で解決します。
 南風の夏の時には、並んでいる丸鉢の南端が少し出来が悪くなり、北風に変わる秋は、北端の丸鉢の出来が少し悪くなります。体調も崩しやすく、水温も僅かですが違いを見せていることから、温度変化が厳しいためと、風による泳ぎや作用が強い事も、影響しているものと感じています。
 風は強い陽射しの真夏でも水温の上昇を抑えてくれます。気温39℃を経験した時にも風があったために底の温度が39℃、上面温度41℃でなんとか、日除け無しでも凌ぐことが出来ました。風がなかったら差し水か日除けが必要になったはずです。風が水温を奪い上下を撹拌しても、保温をしていなかったら水温の維持はできなかったでしょう。底の温度を保つのが保温の役目で、暑い時にも寒い時にも魚を良くして、健康を保つには欠かせません。
  保温
 保温は冬だけに必要と思われがちですが、最も必要とされるのは夏です。陽をどんどん浴びて、そのうえ側面からの熱射や床からの照り返しを受けては、鉢の持っている本来の良さも発揮できません。
 モルタル鉢では3cmの厚さがあれば大丈夫と教わりましたが、扱いが重すぎてどうにもなりません。事実高知の面々でさえ、解ってはいても実行している人は僅かでした。モルタルで鉢を造る時は、セメントは少なめ、砂は粗めで、あまりきめを細かく造らないように。最初水を入れた時に、滲んでくるぐらいでいい。苔が付けば漏らなくなる。それぐらいの方が気化熱で温度が下がる。と教わりましたが、だけど苔の付きは良くても鉢が割れやすくて困る。針金を入れても長年でヒビが入る。昔の鉢が残っていないのはこのせいかも知れません。
 モルタル鉢造りは案外難しい。私は鉢造りでギックリ腰になってからどうもモルタル鉢が苦手になりました。
 そこでFRPに変えたのですが、モルタルとは比べ物にならないぐらい外気変化を受けます。FRPで浅瀬型を造った時、数が揃うまで直ぐは保温せずに使ってみました。今まで初めての経験でしたが、良くなるはずが、おかしい。プラスチックのタライと似たような材質なので、原因は保温にあるに違いないと、浅瀬部はそのままにして、下の擂り鉢部を発泡スチロールに納めて保温しました。
 上下の温度差が出て対流がより強くなって、好都合と踏んだのですが、だめでした。対流が強過ぎです。浅瀬型は極端に冷えや外気に影響を受ける部分でした。そこで発泡ウレタンで上部も保温をしたら、初めて浅瀬型本来の力はこれだと実感ができました。保温は土の代わり、地池に近づけるためのものと痛感しました。
 次の設計の時には保温が念頭にあるので、
臆面もなく陽を浴させる鉢にしよう。
焼ける寸前まで持って行こう。
弧は沸き対策から外そう。
影は立ち上がりだけにしよう。安心して線を引けました。
丸鉢の限界且つ目標値は沸く寸前、焼ける寸前です。
そして、底に潜れば2、3℃の差がある。それで必要且つ絶好調なのが土佐錦です。
その過酷さが土佐錦を作ります。
その命ギリギリを保温が保証し、無闇な過酷でなく、節度ある過酷を保温が担ってくれます。
 もう一つ保温が土の代わりとしてまつわる高知での出来事を。高知はまだまだ土に恵まれています。丸鉢の水も地面へザーッとあけて捨てることが出来ます。その人も水はけに砂利を敷いて丸鉢を置いていました。翌年行くと丸鉢を半分以上埋めていました。そしてその翌年行くと、土から出して、元にように置いています。そこで質問しました。
『どうして埋めるのを止めたんですか』
「食いが悪くてしょうがない」
詳しく効くと、朝仕事に出かける前に餌を一気に食べさせたいのに、埋めると朝の水温の上がりが悪く、食いが悪くて大きくならない。確かに一理あります。
『厚さ2cmのモルタル鉢、埋めると埋めないとでは、やっぱり差が出るんだなー』
感慨はさておき、高知の夜明けは東京より三十分遅くなります。出勤前は貴重な差になります。夜明けから水替えをして、直ぐ餌をあげて、出金前にまた調節してあげて出かけるのに、差し支えがある訳です。土に埋めると鉢を返して水を捨てることが出来ません。水替えに時間がかかり、餌の時間も遅れるはずです。
「土に埋める方がいいって聞いていたからしたのに」
 高知は日の出る時間は遅いのですが、出たら東京より急に気温が上昇します。
『その急を急激にならないようにしているのが土なのに』
夜明けの早い時の東京は四時頃にボーッとしてきます。四時半には調子が出て、六時に終わればベストです。六時に陽はカーッと照り出しますが、水温が上がらないうちに食べさせようと懸命です。九時頃には強い直射と苔の酸素で、糸目が死んだりするからです。七時にあげると十時が限度です。三時間食べれば十二分です。魚が絶好調なら二時間食でも十分です。一時間でもいい時があるぐらいです。温度を急激に上げないように、上がらないうちに餌を食べさせようとしているのに。まるで逆だな。どんな土佐錦を作りたいかの目的で、保温の有無が決まって来るのではないでしょうか。
 冬の保温は寒さから守るため、主に底冷え防止ですが、やはり上から寒さが来るようにして、底から冷えないように、底で辛うじて厳寒から腹や尾を守り易くするためです。
 夏の保温は暑さから守るため、主に底まで暑くなることを防止します。上から来る暑さを底まで来させないで凌ぎます。
 春と秋にも寒暖の波から守ります。冬は生命的な守り、春夏秋は守りとは別に、大事な形作りにも関与しています。
 守って餌を食べさせるため、元気で育てるためだけではありません。私にとっての保温は思い切って攻めの作りをするときの、後ろ盾となってくれています。
 良く土佐錦とランチュウとどっちが難しいって、聞かれることがあります。いつもこう答えます。
『難しさは同じです。ですが、土佐錦は変化するから面白いですよ。生まれたときから親になっても、これ程変化を見せる魚はいません。そして、飼う容器によってまったく違った形を見せる金魚も、他にはいません。でなければ丸鉢一つにこれ程情熱を傾ける必要もありません。ただ土佐錦と言う種類を飼うだけなら、どんな入れ物でもいいでしょう。でも本当の土佐錦を飼うなら、本格的に土佐錦を作ろうとするなら、入れ物=丸鉢を選ばなければ事は始まりません』
 土佐錦は陽や温度が低いと飼えないように捉われがちですが、例え北海道でさえ、短くも一気呵成の夏を無駄なく吸収できる丸鉢を設計すれば、可能なはずです。鉢で変化すると言う事は裏を返せば、鉢の工夫によって、対処できる余地があると言う事です。高知の鉢をそのまま持って行ったのでは、適うはずがありません。せいぜい以南以西なら可能でしょう。高知の擂り鉢型が底径を30cmにしているところに、何らかを見いだすことが出来そうです。
 貴方のところは高知より南ですか北ですか。山寄り、海、川寄り、郊外、都心。傾斜は南斜面、北斜面。障害物は建物。塀、樹木、池は地面に、屋根の上、屋上、ベランダ、一階二階三階それ以上。風通しは。全部が設計に関与しています。
 土佐錦は一〇年が一単位です。丸鉢も違いはないでしょう。立ち弧擂り鉢の構想を始めたのは二五年も前になります。途中浅瀬型の出現で中断しましたが、その経験も立ち弧擂り鉢型に加わっています。ただ丸ければの丸鉢から、本当の丸鉢へ足を踏み入れると、工夫の楽しみを味わえます。我池では現在六種類の丸鉢が競っています。今期は三種減って二種増える予定です。その内の二種は三年前に型を作りましたが、十年近い構想の果てに結局、基本へ戻りつつあります。
 あなたもあなたの丸鉢を考案してみては如何でしょうか。
ちょっと人としての速度を緩めて、
錦魚の速度で丸鉢を造ってみては如何でしょうか。

 ( また紙面が余りましたので少し補足をします)
 鉢を地面に埋め置きした話ですが、朝の暖まりを早くして餌を早く食べさせたい。この思いの内には出かけた後に餌が余る事をいやがる、魚への基本的な思いが踏まえられていると感じました。そのために早く食べさせたい。この思いが先行して基本からのずれが生じてしまったようです。基本は暑くらないうちに食べさせる。暑くなるのを早くすると昼間は必要以上に熱を受けてしまう事が想像できます。土の上ですが水はけのために砂利を敷いてあるため、照り返しがあり、土の効用を半減させています。また、石は土より冷えが早いと思われます。
 そのためだけではないでしょうが、その人は半透明の屋根を付けていました。むしろ屋根がない方が日が直接当たり、暖まりは早いはずです。出かけた後の雨対策、強い陽の対策での屋根はただ楽をするためだけで、良い魚を作るためなら、屋根を取り、鉢を埋め置きする事が理想になります。その上に鉢に廃水栓をつけ配水管を設置して時間の短縮を図り、もっと理想を言えば溜水を二日できるようにして、上水管も配備すれば言う事が無くなります。
 土に埋め置くと上面と底面の温度差を、緩和する必要がある夜や真昼は緩和し、差を付ける必要があれば徐々に付けるように行います。鉢だけではどうしてでできない、土が行っている自然の摂理です。その自然の摂理の内で金魚として生まれ、土佐錦として作られる上で丸鉢が活躍しています。土は丸鉢をより自然に近づけ、丸鉢はより理想の土佐錦へ近づける役目をしています。
 土佐錦はその遺伝子だけでは成り立たない魚と言う認識がない限り、丸鉢の意味はなく、
 丸鉢が土佐錦を作り上げた鉢と言う認識を以て土佐錦作りをしない限り、土佐錦も丸鉢も歴史も伝統も薄らいでしまいます。
 これから土佐錦作りを学ぼうとする人も、
 既に土佐錦を完成したと自負する人も、
土佐錦の伝統を認識して、
土佐錦はどのようにして作られた魚かを知り、
土佐錦はどのような魚が理想かを知り、
その上で、理想の土佐錦に挑戦して頂きたく、
切に、切にお願いたします。

▲ 土佐錦魚思考へ戻る