一九九七年 平成九年十月発行
一九九六年 平成八年度 第二一回会報より  玉野叔弘

土佐錦魚 丸鉢 思考 四

 前号の三の図は高知の先輩方の実績を絵にして、それを東京がいかに工夫しながら、自分のものにして行ったか、解って頂けたと思いますが、いかがでしたでしょうか。前号を引っ張り出して、図を見ながら読み進めて下さい。
 この時の型は何故、高知の朝顔型をそのまま踏襲しなかったのでしょうか。初心者の浅はかさですが、やはり深いと、ひっくり返ると言う懸念を抱いていました。親の角鉢は結構浅いし、東京は高知より暑くない。ただそんな程度です。
 もう一つ、見栄を張って、人の真似と言われたくない。自分のものを作りたい。理論も根拠も何もなく、ただ造りたくてしょうがなかったからです。ところが、取りあえずの鉢が今から見ると、FRP製の鉢に至る根底になり、魚にシワを少なくする出発点になるとは思いもよりませんでした。
 この時の型で飼い始めてみると、東京の夏の暑さでも、丸鉢の水が沸いてしまう経験を、初めてしました。水温三十六度ではまだ餌を食べますが、三十八度では食欲をなくし、四十度で鱗が虹色になってくるみたいで、妙な変化をしてきました。そして四十二度で白っぽくなって死ぬ魚がでてきました。
 『いけない』
涼しくしてあげなくては、日除けをしなくては、手っ取り早く手元にあった幅20cmの板を、少し隙間を空け風通しを良くして置くと、魚は快調そのものになりました。ところが、半月もたったでしょうか。ほとんどの魚にシワが出て来てしまいました。こんなはずではなかった。シワなんか無かった魚達だったのに。親にもシワは無かったのに。
 日除けによって、シワが出来やすくなると気付かないままに、高知で見かけた日除け板は、10cmだったので何気なく、10cmにしたり、7cmにしたり、結局何年掛かっても、何cm幅がいいか結論の出ないまま、シワに苦労を重ねていました。そのはずです。毎年その夏の気候によって必要な日影と必要な日照が変化するからです。
 以前、矢野城桜さんがシワのできる原因は、糸目の中の化学物質が作用しているのでは、と申されましたが、それも確認できませんでした。今はおぼろげながら、紫外線と温度と青水が相関していることが掴めて来ました。
 シワ思考になりそうなので、シワのことは後日飼い方思考、あるいは手術思考で触れたいと思います。
 話を戻しますが、この時の型で魚を茹でてしまったときでも、この時の型大では、水深と水量が多いので茹だる魚は出ませんでした。この差は、鉢の型で顕著な差が現れることを示しています。その後この時の型大でも快適な温度でと、日除けを使っていました。
 その快適な温度がくせ者でした。経験を積んでからの思いですが、当歳ではかなり過酷な条件が必要で、それも丸鉢が提供していたことが解りました。詳しくは飼い方思考辺りでのべたいと思います。
 それでもなんだかんだ言いながら、良い魚がぼちぼち出て来て水準が向上しましたので、その後も十年程使用していました。
 そのうち蓬田氏がホーローの洗面器を型にして、深さ14cmの洗面器型丸鉢を造りましたので、二、三個貰って飼ってみると、丸い泳ぎは大差無し、ジグザグ泳ぎに差があるようです。陽射しの強い時の擂り鉢型での魚は底でジッとしていますが、洗面器型は側面の日陰に避ける感じがありました。
 擂り鉢型は割水一割の水替えで陽があたると途端、真ん中に青成分の渦ができて、プランクトンの活発な働きを見ることが出来ます。
 洗面器型では、これ程の激しさを見ることは出来ませんでした。
 擂り鉢型の方が早く水の出来ることが解ります。この水の出来の違いが、魚の出来にも関与している訳です。
 同じ陽当たり、同じ割水、同じ餌、一応の条件を揃えたところで、洗面器型は擂り鉢型より魚の成長が大きくなりました。目先、腹形にメリハリがないと言うか、ごく普通と言うか。
 擂り鉢型は洗面器型より、体が早くに出来るようでこのまま餌をやったら、体はいいけど尾が出来るのだろうか、と、ちょっと心配したこともありました。
 秋になると夏に出た少しの差は次第に似てきました。傾向としては夏と同じですが、洗面器型の魚は比して尾にゆとりがあるような、渡りがあるような、立ち下がりが少ないような、張りも少ないような気がする程度です。体型も三角よりも卵形、体長も僅かながら長めかな。どうにも歯切れが悪いのですが、当時はこんな受け止めかたしか出来ませんでした。
 この反対が擂り鉢型の特徴となる訳です。
 その後また、蓬田氏が画期的に浅瀬型を制作。その鉢から出来る魚を二年程見せて頂きましたが、尾の出来は抜群、目先は良くなりましたし、泳ぎと生育はこのうえないものと察することができました。
 ただ理想を逐う上で、腹形にもう一つ工夫が出来ないものか。改良のつもりで直径60cm、深さ20cmを造ってみました。
 その根拠は《夏先から泳がして秋に止める》この大原則を一つの鉢で最も効率良く兼ねてしまおうと、言うものでした。泳ぎは浅瀬で、仕上げは擂り鉢で、秋に水位を減らせば直径44cm、深さ16cm、底面20cmの擂り鉢型になる。よし、これが理想の丸鉢だ。昔、高知の名人宮地さんが仕上げ鉢として、45cmの本物の擂り鉢を使っていました。44cmならOK、底面を狭くすると水量が減るし、傾斜もこんなもんでいいだろう。
理想と思ったわりにはいい加減だ。
 さて実際使ってみると、泳ぎ始めの小さい頃は実に調子がいい。密かにほくそ笑んでいると、魚が成長するにつれて、泳ぎづらそうな素振り、浅瀬が浅過ぎたのだ。おまけに浅瀬の幅が狭かった。
 幅が狭いと、円周をグルグル回る途中で、下に下りたがってしまう。浅瀬に留まる時間が少ない。
 深さが浅いとき、水面がいつも穏やかに一定ならばいいんだが、鉢は傾くし、風も吹けば蒸発もする。1センチ2センチすぐ浅くなる。
 エエイままよ、半分自棄になってそのまま飼い続けると、以外と良魚が出来てしまった。怪我の功名か。水位が低くならないようにいつも、一杯になるよう心がけたのが良かったのか。浅瀬は使いづらかったが、浅瀬の分深さを増して、魚を丸くする傾向を見せたのだ。そして日射、温度等々を得た。底面を20cmにしたのも良いようだ。半端な浅瀬が、斜面の角度を少しなだらかにしたと同じ作用になるようだ。
 実際の働き分を出すため、浅瀬を無視して深さを20cm相当に換算した。これなら、直径60cm、深さ20cm、底面20cmこれなら角度は四五度になる。単純明快。
 なんだ、これでは高知が基準としていた丸鉢思考一の図の鉢になってしまう。やはり長年追い求めて削るところを削いで余分なものを足さない、基本的なものに帰ってしまうのか。
 うーん、なにか虚しい。
 ここであっさり結論を出すなんて、もう一度浅瀬型に挑戦してみよう。高知に陶酔するあまり、イゴッソウが移ってしまったのか。
 紙面に書くと半頁ですが、もう一度挑戦するまでに五年かかっています。今度はモルタルを止めてFRPにしました。重さを考慮して。そして、十年以上かけて思考した型を、会員と共に分かち合いたかったからです。浅瀬の幅を10cmにして浅瀬の深さを5cmにして、すると擂り鉢の直径は40cm、今度は傾斜を付けるためと、底に落ち着きやすいように底面を15cmにして、水量が減った分水深を増やして。この深さが必要十分かもしれません。
 試してみると、気温三七度、三八度で日除け無しでも水温が水面で、四十度、底で三八度、食欲は無くなるものの健康は損ないませんでした。しかも日除けと同じように暑さを避けるため、二度低い底にジッとしている。そしてその二度の差をよりつくるために、FRPの外側へ保温することが大変に、大切だと言うことが解りました。関氏より発泡スチロールを貰い、保温と丸鉢の安定を兼ねて底部を覆いました。浅瀬部はそのままむき出しにしました。その理由は、下部を保温すれば上下の温度差がより生じ、対流が強くなる。でした。これで一年やってみることにしました。
 ポリタライが外気温を伝え易くて夏に使えなかったように、ただでさえ日光を受けるようにした、ただでさえ外気温に影響されやすい型なのに、余計煽ってしまったことになります。
 明くる年に浅瀬部にビニールを巻き、発泡ウレタンで保温をすると驚きました。形が良くなるとともに、病気が圧倒的に減ったのです。
 一応これで鉢としては万全のはず。後は世話の仕方の工夫次第。例えば餌の与え方、水替えで丸鉢だろうが角鉢だろうが、関係なくなってしまうからです。ただ健康に育てるだけなら丸鉢を使う必要はないし、工夫する必要もない。鉢に合わせてどう飼うか、そして錦魚をいかに作るか。素人と玄人の境目、そして、プロのように採算を考えないアマチュアの骨頂を、味わうのはこれからだ。
 FRPは軽いので扱いが楽だ。取りあえず十個並べてみた。移動するのも、排水栓を付けるにも、軽いことがこんなにいいものだとは知らなかった。丸鉢に栓を付けると、小忠実な世話が出来るようになった。例えば、底水を捨てるのにサイホンで取っていたが、ちょっと抜くだけで済む。時間がかからないだけだが、その時間を他の世話にまわすと、魚を大きく健康に良くしてくれた。設備が整い沢山のことができるようになったが、からだの疲れは楽にならなかった。いつも意気込んでいる分、睡眠時間が減る一方向の運命なのか。
 泳ぎの邪魔をしないように、遠くから浅瀬を泳ぐ黒子達を見るとつい、ニンマリしてしまう。実にいい。よく泳ぐ、浅瀬に餌をやると食べて泳いでまた食べる。無くなると群れを作って、列をつくつて。以前なら気温が低いと泳ぎが止まってしまったのに、浅瀬のもくろみ通りよく泳いでくれる。そして食べてくれる。
 餌を沢山食べて大きくなることは、錦魚を飼っている人なら誰でもが望むこと、嬉しいことではないだろうか。その嬉しいままに溺れてしまうと、口は大きく、目幅が広く、背始めが盛り上がり、腰が詰まり、鱗が荒く、果ては肉瘤まで付けてしまう。腰が詰まると付きが高くなる。高くなるとひっくり返る。23cmの深さと傾斜と浅瀬が魚を丸くする。腹を丸くする。適切に餌を抑えると、誠に良い目先、腹形、背形が出来上がる。
 目幅を見て餌をやり、鰓を見て水替えをする。
 そして、体と尾を見てこの鉢にあった魚かを判断する。
この浅瀬型丸鉢は魚の特徴をより助長してしまう。丸手や短めの血統はより丸くなってしまう。丸くなり始めたら穏やかな鉢へ移した方が良いだろう。尾立ちぎみ、下がり気味も強めてしまう。尾芯が上下に動き始めたら浅瀬を無くして、一時仕上げ鉢にする。それでも間にあわなければ穏やかな鉢へ移すことになる。鉢の特徴と限界を掴み、錦魚も同じように把握し、両方の適性を合わせる。
この暴れん坊の丸鉢は少々持て余す程面白い、面白過ぎる。
 FRPの浅瀬形を主に置くと、どうしても穏やかな鉢を置かなくては賄いきれない。一つの鉢で夏と秋を兼ねてしまう浅瀬と仕上げ鉢の、取り合わせは完璧のはずだったはず。失敗ではない。この鉢を使うようになってから、シワが減った。成績も良くなった。大関も出ている。成功の内だ。しかし、少しの手抜きも半日の失敗も許されないこの鉢と、一生お付き合いして行くのかと思うと、どっと疲れを感じる。せめて一日の猶予が欲しくなる。するとお椀型になってしまうのか、
「うーん、なにか釈然としない」
「もう一度、今度は別な型に挑戦してみよう」
「錦魚を飼うと、しつこくなるのでしょうか」
「やっぱり擂り鉢型を何とかしてみたい」
 底面は15cmで落ち着きやすく、適正範囲に思える。そこから四五度に斜面を伸ばして、上面の直径を45cmで止めると、仕上げ鉢になってしまう。上面の直径はやはり、60cmにすると、深さ22.5cm、いける。23cmより深いと直ぐ餌や魚が見ずらくなってしまう。25cmが限界、これは管理にとって重大問題だ。さりとて20cmより浅いと、難しい日除けが欠かせなくなってくる。
 近森さんが造った深さ30cmのは高知用です。餌や魚を見る上で苦労するか、更水に近くするようだったと思われます。近森さんは深鉢になってから魚が一段と大きくなって、より肥っていたような、当時そんな気がしました。近森さんにして、権威が定まり、お歳を召されてもなお、丸鉢への追求を怠らなかった姿勢は尊敬賞賛致します。
 魚が大きくなったことは、深さ水量によって水が煮えず、爽快な環境だったことになる。東京は高知からすると陽を必要としているので、22.5cmいいとこだろう。これで底面15cm、上面60cm、深さ22.5cmの擂り鉢型が出来た。
 少し沸きを遅くするため、斜面にアールを付けたらどうだろう。野中さんが水の沸きが遅くなって、仕事を抜け出さなくてもいいように工夫した利点を戴いて、これで浅瀬型で苦労した沸きの速さをもっと送らせることができるだろう。斜面での魚の居心地も良くなるだろう。 
 後は日除け板の問題だけど、野中さんの幻の鉢は南側、土電車庫側に在った。どいう訳か魚がいつも良くなる擂り鉢型だった。土電の車庫らしく枕木を杭代わりに立てて、針金が張ってあるだけの囲い。野中さんの建物と杭との間があまり無かったので、杭近くに丸鉢が置いてあった。その杭が日除けになって、丁度良い作用をしている感じがした。
 陽が回るにつれて枕木の影が移動してゆく、板とは違った濃い影を作らず、回り込みの光があって、日陰でありながら半日陰のような。
 そして、風通しをほとんど妨げない日除け。
 立っている日除け。思い切って丸鉢の縁を切ってみよう。立ててみよう。まてよ。アールを付けたのだから日除けが多過ぎないだろうか。枕木からすれば小さなかたちばかりの4cmだ。いけるかもしれない。やって見るしかない。
 とにかく原型を造ってみよう。案外複雑な線をしている。型の型を作っていたのでは時間がかかる。のっけからモルタルで造ってしまおう。重い石の固まりができた。乾くとポリパテで歪みをとって、まったくの勘頼り、中心線も出さないで物差しで測りながら、いつものようにこんなもんだろう。
 底面と斜面の接点にアールを付けると、鉢が滑らかになって来た。斜面と立ち上がりの接点にもアールを付けると、大分イメージになって来た。15cmの底面がアールによって18cmに見える。立ち上がりのアールで鉢に一体感が湧いてきた。上面53cmは60cmよりかなり小さく見える。イメージ的には丁度仕上げ鉢との中間だ。これも期待が持てるような気がする。53cmは60cmを十個並べるところに十一個並べられる。この頃は少々小さくても、鉢数の多い方が有利な気がして来たから、これも試せる。この型には今迄以上に愛情が沸々としてくる。
予感めいた興奮が伝わってくる。

つづく

 (少し紙面が空きましたので、洗面器型でジグザグ泳ぎがよく行われたことに触れてみましょう。)
 水深が14cmに注目しました。立ち上がりに変則的な曲線があります。角度は四五度より垂直に近くなっています。別な角度から見ると、角鉢を丸くして側面へ変則的に角度を付けたと言うこともできます。水量や陽受けの平均化が、角鉢に近い要領で行われていること、水面と水底との温度差が浅瀬型よりつきにくいせいで、水温の暖まりを求める時期にはジグザグ泳ぎが良く現れ、水温が暑くなる時期に始めまでグルグル泳ぎが引き続き、極めを遅くして尾を作る時間が増えると思われます。
 泳がすことだけなら大きなタタキや新水で出来ます。丸鉢は標準四十五度の角度をもっています。洗面器型はそれがあまく角鉢に近づいています。そこに問題点を見いだすことが出来ます。

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