一九九三年 平成五年六月発行
一九九二年 平成四年度 第十七回会報より 玉野叔弘

土佐錦魚私考 六

 この頃錦魚私考では錦魚に直接関係のない、宇宙とか生とかをしきりに思考していますが、それは先年お亡くなりになった高知の矢野城桜氏が「錦魚の供養をしなくては」と、お話になられたことが切っ掛けです。供養って何のために、なんでするの、命って、死とは、神とはなんて入ってしまった結果です。それが案外錦魚を飼う、また作るうえでの心構えとして、大きな意味をもっていることが解りました。
 ただただ良い錦魚を作りたい一心で、闇雲に水替えをしたり、餌をあげても、運が良くなくては良魚はできません。
 餌は何故、なんのために、何を、だったらそれをああしたら、こうなるのでは、水とはこんなものだから、こう替えたら、血統はこうしてみたらと、いろいろなことが感じられ、手に触れて来るのです。錦魚のそもそもが宇宙から始まり、錦魚の発生に人間が大きく関わり、錦魚を育むことが生や自然に接し、そして、錦魚から人間の生き方を学ぶことができるのです。
 矢野城桜氏は私個人の師であると同時に、当会にとっても恩人であり、幾多の問題解決に、また発展へとご尽力下さりました。矢野先生のお心に添うかは疑問ですが、錦魚紀行の
“錦魚を考える”そもそもを続けたいと思います。
 寝たきりの猫は四歳なのに、まだあどけなさを残しています。突き刺すようなご主人の視線に、気の弱そうで不安気な目がそれでも閉じずに、ジッと見据えています。
「そんなにジッと見ないで、逃げたくても逃げられないのわかるでしょ。でも私には奥さんと優しい旦那さんがついています。私は頼ることしか出来ないけど、わたしは私なりに精一杯生きています。神様だって不器用なところあるけど、そんなに冷たくないと思う」
視線を返すように言うことだけ言うと目を伏せてしまいました。
 貴方の池の錦魚だって温室の花だって、面倒見なければかれてしまうでしょ。貴方が毎年ハネてしまう錦魚とこの猫とは、同じ身の上みたいです。たまたま不自由な体でも、普通でも、生きるエネルギーは一緒なのです。
 その生きるエネルギーとは、どんな働きをしているのでしょうか。たばこウィルスは死んでしまうと結晶になってしまいます。結晶が無生物だとしたら生き物とはどんなものでしょうか。
 ご主人が習った生命体の三要素は、
一、活動をしている、
二、餌を食べる、
三、増殖する、
一は、ウィルスは動いているので満たしています。
二の餌は食べているのでしょうか。有機物は食べそうにないし、寄生した細胞全体がエサのようなものだとしたら。
三の繁殖を兼ね備えてとても合理的。
 これで生物になる訳ですが、本当にたばこウィルスは、生物なのでしょうか。死んで結晶になるのはどうしてでしょうか。
 生物を構成している有機質だけでなく、無機質にもエネルギーの作用が働いているとしたらどうでしょう。宇宙の仲間としてそこに在るのですから、勿論作用は受けています。宇宙の大本のエネルギーと、もうちょっと役目の違ったエネルギーが有って、それが生のエネルギーとしてあっちへ行ったり、こっちへ来たりしていたとしたら、どうでしょうか。
大本のエネルギーと正のエネルギー
      生命の三要素
 体が生きてしまったからには自分の維持のために、食べてゆくことは避けられません。その体は食べてさえいれば永遠に生きるのでしょうか。原始的な生物は環境さえ良ければ、永遠とか三〇〇万年寿命があり、増殖すると言われています。ところが一旦環境が悪くなれば、たちまち死を迎えてしまいます。一匹のバクテリアの増殖を妨げるものが、何も無かったとしたら、数時間のうちに地球ぐらいの大きさは食べ尽くされてしまいます。現実にそんなことは起きませんが、それはエサは不足したり、自分が出す廃棄物が増えたり、環境の悪化があるからです。
 では、生物は環境の悪化にどのように対処したのでしょうか。エネルギーの意志によって、生命体の遺伝子を変えることがそれです。悪化した環境を新しい環境として順応、利用して行く、それに有った体に変えて行く、これが体の進化です。
 出来初めの地球は大気中に酸素が少なく、今と違って酸素を必要としない生物が全盛でした。酸素はむしろ廃棄物だったのです。その生物には妨げになる毒でした。その毒を利用することのできる進化を遂げた生物が、今全盛を迎えています。
 保守的な遺伝子は滅多なことでは突然変異、特に奇形を伴ったものは受け入れません。突然変異以外、新たに産まれるものは無いように思われますが、そのように見えても既に備わっていたものでわすれていたもの、隠れていたものが頭をもたげてきます。どうしても足りなかったものは新しく造ります。
“進化は意志によって生まれ、遺伝系によって平均化されます。”DNAよりRNAの方が変化に富みやすく色や形はDNAの量的変化で案外変わりやすく、DNAの質的変化で機能面を変化させます。現存している生物は細かい変化、劇的な変化を繰り返して、見事な進化を成し遂げた素晴らしい作品です。
 人間は母親の体内で十ヶ月余りをかけ、これまでの進化を辿って行きます。今までの進化を秘め、錦魚と同じように産卵、受精、孵化を経て、誕生が昆虫で言うと羽化にあたります。昆虫は母体の体内で行わず、少ない回数でまるっきり違ったものに変態します。その一つがさなぎの中です。中では細胞が融け混ざるように激しく活動し、その意志を殻の内にあらわにしています。
 錦魚は産卵、受精、卵からかえる時を孵化、孵化した子が壁や床に着いている間にお腹の黄身を吸収して、浮き出し結構シッカリ泳ぎ始めます。この時が昆虫の孵化に当たる浮出になります。
 宇宙は混沌から秩序へ、始めに命ありき、同時に体ありてそれを生物と言う。
 そしてリンゴを食し、行動した。

つづく

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