一九九二年 平成四年十月発行
一九九一年 平成三年度 第十六回分会報より 玉野叔弘

土佐錦魚私考 五

 ご主人よく勉強したでしょう。誉めてやって下さい。もっと細かく抜粋したのですが、大あくびをしてほとんど端折ってしまいました。許してやって下さい。
 ところで、六十~四六億年前に出来た地球は二六〇気圧、三六〇℃、硫化水素に二酸化炭素、流石に生物は居ませんでした。数億年かかって落ち着いてくると、酸素の無い頃なのに水素やアンモニア、有機物や塩酸、紫外線や放電それと、宇宙を創ったエネルギーの意志が働いて、生物が産まれました。
 原始の水や大気が出来る頃には、生き物の土台になる体を作るもとが、どんどんできてきました。いろんな体が出来るとエネルギーが結びついて、生命体となってゆきました。
 個々の生物が自分を発展させるために、他の生物と一体化したり、共生するようになりました。細胞共生説があるように、一つの細胞の中に沢山の生物が共生して、核に自らの情報を託し、自分の役目をシッカリ果たすことで繁栄して行きます。その細胞が寄せ集まり一つの器官を作って行きます。
 例えば貴方の胃は最も消化の優れた物が、他を押しのけて納まりました。貴方の胃はなかなか我がままでしょう。ご主人の胃の調子が悪いと「あなたのことを考えないで申し訳ない」と良く謝っています。腕を使い過ぎて痛めると「おかげで仕事ができたよ、ありがとう」さすりながら感謝しています。自分の体の中で別の沢山の自分が働いている。そんな気持ちで居るようです。
 こんな感じで一つの器官となっていた生物が集まって、より複雑な生命体を創っていったのです。その複雑な物をコントロールするために、脳が発達してきました。あなたの脳は貴方を制御するために作られました。脳が全てを考えたり、命令をしているように思えますが、その実、内蔵や体の我がままと執拗に戦っています。
 お酒の好きなあなたは、貴方のお酒の好きの部分から、飲みたいと言う信号を受け取ります。すると脳は“今は駄目”と、抵抗を試みますが、結局負けてしまうでしょう。
 貴方の脳がゴルフを上手くなりたいと思っても、あそこまで飛ばせと体に命令しても、ダメでしょう。脳は一個の臓物なのです。ただ脳は種々のことをプログラムされています。
 何か新発見があったとしても、案外あっさり、さもあらんなんて納得してしまうのは、四〇億年の経験を踏まえてのことなのです。
 あなたが初めての菌に侵されたとします。初めてですから当然抗体はありません。ところが遺伝子の倉庫からちゃんと運んできて、生産を始めます。四〇億年分がちゃんと在庫されているのです。
 合体することで自分が死んでしまうならしないでしょう。より生きるためにするのですから、40億年前から合体した生物は皆、したたかに存在しています。経験も存続しているのです。
 人間の体は微量金属を必要としています。それぞれ出来た時に必要としていたからです。クエン酸回路で水素を使ったり、筋肉を動かすのにカルシュウムを必要としたり。胃が強い酸を用いるのは、毒虫が毒の葉っぱを食べてそうなるように、当時その回りに強い酸が有ったからです。
 貴方の体であって貴方ではない? いえ、半分は貴方なのです。あなたが母体の内で二分割した卵の頃、半分は貴方なための体の分、半分は遺伝子が途切れないための生殖の分、遺伝子が次の体を得るために、貴方の体を造るのです。あなたが後世に、自分の遺伝子を残すためではありません。勘違いすると、あなたが生きている役目を見失いますよ。
 ご主人の余生は錦魚のために生きるんだと言っています。余生とは遺伝子を伝えて、その遺伝子が良い方向へ向くよう子を教育した後、しかも、その子が遺伝子をまた子に伝える前に、シッカリ教育しなければなりません。
 例えれば、人間が共に平和に過ごせることが終局ならば、そのことを遺伝子に伝わるまで徹底します。それでないと遺伝子は己の生きることに執着し、己に不利な物を殺しかねないからです。そして孫が出来たら、その孫の遺伝子にもそのことを伝えます。孫にはあなたと貴方の子が伝えることが出来ます。
“一応の余生とは、子に遺伝子を伝え、人としての方向を伝えた後”
 一応の余生は孫に伝えるため、そして貴方の意志はひ孫に現れるはずです。
 人の教育は三代前から、ところがそうして伝えた貴方の意志はひ孫に確実に現れるのでしょうか。そんなに簡単ではないのです。あなたのように伝えた遺伝子は、四〇億年もあるのです。貴方の方が優先権がありますから一安心ですが、どれにしようかな、なんて選んだ四〇億年分の一、ご主人の性格はドイツ人のようだし、考え方は室町時代、次男は江戸時代みたいにのんびりしている。人に似た人、動物に似た人、ゆったりとした遺伝子を貰った人は、せせこましい時代では苦労するかも知れないけど、羨ましい人。戦争好きの遺伝子に当たった人は争いたがり、いつの世も紛争が絶えない。
 まるで輪廻の話みたいですね。生のエネルギー=一定なのですが、体を積み重ね、主張も積もって行きます。
 あなたはどれのピックアップ。
 さて、貴方が過去の人から受け継いだ学習はダーウィンの進化論に乗って(ご主人はダーウィンよりウォーレスに心酔しています)、長い間少しずつ進むのでしょうか。細いところの物を食べる鳥のくちばしは細くなって行き、硬い物を食べるくちばしは丈夫になって行くのでしょうか。
 人間だって爪を使う人は分厚くなるし、手のひらだってマメができる。それを代々続けて、そう望むようになれば爪や手のひらは厚くなるのでしょうか。
 爪程度とはちょっと違って、遺伝子の組み換えが必要な進化だと、自分を変えられては困るあの保守的な遺伝子が、拒むに決まっている。ところが、遺伝子が身を守るために変化をプログラムした物が沢山いる。
 粘菌は回りに食べる物が無くなると、アメーバのように動いて、キノコのような集合体なり、胞子を出して新天地を目指す。藻の一種では環境が良いとどんどん分裂して、悪くなると合体して新たな環境に対応して行く。様々な環境の変化に対応して生命を維持したり、環境を利用して増殖したり、そのために遺伝子の合体が行われています。
 この時の変化はただ半分ずつが一つになり、中世ヨーロッパの紋章のように、また半分ずつが一つになるだけです。たまに一諸になる時、染色体がねじれたり、悪ふざけ見たいな変化を起こします。これも案外変わります。
 でも劇的に、さなぎが蝶になるように変わるのは偶然ではありません、意志が働いているのです。花カマキリが蘭の花にそっくりなのは、木の葉そっくりな虫は、なぜ。
 身を守ったり、餌を獲ったりするために、ああもあんなに変身できるのでしょうか。感覚器官から情報を受け取った脳は、学習を重ねながら遺伝子に連絡します。遺伝子は遺伝子を自らの表現としてこしらえた物に連絡します。するとそこから意志が働いて変わるのです。これは、一瞬でもあるけれど、標準的には一〇万年かかります。遺伝子変化の目安は一〇万年、ただ、初めは一〇万年がいくつも必要ですが、段々早くなって一万年でも変化を起こします。それは時が加速して内容が詰まってくるからです。花が虫に来てもらうために蜜を出し、樹木が豊潤な実りを迎え、綺麗な花が人に育てられるためにさらに綺麗になったり、錦魚もまた然り。
 ご主人が仕事先で四年前寝たきりの猫を見ました。まず産まれてから四年間世話をしてきた飼い主に拍手。そしてジッと猫を見ながら、何で繁殖できないこの体から、命は抜け出さないのだろう。一度、体に命を与え、生けるものとしたならば、個体の遺伝子が絶えることが解っていても、何故見捨てないのか……………。

つづく

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