一九七九年、 昭和五四年三月発行、
一九七八年度、昭和五三年度第三回会報にて  玉野叔弘

審査後記

 第三回品評大会を終えまして、総体的な飼育の向上と当歳魚及び二歳魚の出陳尾数が倍増しましたことに三年間の歩みを感じました。とくに当歳魚では大の部に大きな魚が目立ち、小の部ではまとまりのある魚が印象的でした。当会に於いて当歳魚に大の部、小の部を設けましたのは当歳魚へあまり無理をかけずにすむようにとの配慮からです。高知では以前大中小に分けて審査をしてきました。産まれの早い魚はそれなりに素直に成長するよう。また産まれの遅い魚はそれなりの仕上がりへと導き、むやみに成長させたり、抑えたりせずに済むようにとの配慮です。
 小さい魚は二歳で標準に成れる大きさ、明け二歳で産卵できなくても明け三歳で産卵できれば良いのです。小さくてもまとまっていれば申し分ありません。
 当歳では大小いずれの部であっても、親にならなくては完成されません。親を完成された型として当歳二歳では先行きも大事にします。当歳魚で過度に大きくしますと良さを失うほか、寿命を短くしやすく、五歳六歳と楽しめない魚になります。
 当歳で標準から小さめの魚の利点は、
  口を小さく作れる、
  肉瘤を付けない、
  背の盛り上がりを抑える、
  鱗を細かく作る、
  尾の欠点を出さないまま固める、等が容易にできることです。
 これは品が良い、素直だ、可愛いとか譬えられます。
 当歳で標準から小さめの魚の欠点は、
  いじけ易い、
  極めにくい、
  力強さが出しにくい、等です。
 大きい魚の利点欠点は小さい魚のそれと相反して当てはまります。これは量感、力感、安心感(丈夫、産卵し易い)を受けます。
 小さくていじけてしまった魚や、ただ大きいだけで良さを失った魚は、土佐錦らしさも無くしたと感じられます。
 具体的な審査方針は、第一に土佐錦らしさを前提として、
  雰囲気を持っている、
  品を持っている、
  素直である、
  健康的である、
  貫禄を持っている、
  力強さがある、等です。
 少々欠点を見せていても雰囲気のある魚を、欠点が少なくてもヌーボーとした魚より優位にとります。当歳では品と力は相反する面がありますが、親になるにつれて兼ね備えることが出来ます。
 しかし、大き過ぎた魚は、品をなくし易く力のみを強調しがちになります。一度品をなくした魚は、親になっても再び備えることが難しく、大切な一つを欠いたことになります。
 品評会では魚の程度が同等であれば、大きな魚が有利に展開するのが常ですが、大きさの競争は避けたいものです。
 高知の長老(田村翁)の言葉で「良い土佐錦魚を作りたければ、三年辛抱しなさいやー」と教えを頂いたことを思い出し、数年後の大会には親魚の出陳が多くなることを、楽しみにしたいと思います。

▲ 土佐錦魚思考へ戻る